まんぷくまなこ

文学部美術史学専攻卒の穂葉るながお届けする、美術に関するブログ。素敵な作品と作家さんを紹介します。たまに人材や教育の記事も。

「シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略 」感想・書評

はじめに

今回ご紹介するのは、森美術館の広報・プロモーション担当の洞田貫 晋一朗さんが書かれた、「森美術館SNSマーケティング戦略 シェアする美術」という本です。2018年美術展覧会入場者数1位2位になるまでの秘密を知りたい方、企業のSNSアカウント担当の方、個人のSNSアカウントを伸ばしたい方必見の内容になっています!内容の一部ネタバレになるのでこれから読みたい方はご注意!


シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略

美術館をまたぐ「プール割り」

この本では、イントロダクション『「レアンドロ・エルリッヒ展」成功の舞台裏』、第1章 『「撮影OK」の波がアートを変える』、第2章「海外の美術館の最新SNS事情」、第3章「森美術館のユニークなSNS運用例」、第4章『「森美術館流」インスタ&ツイッター活用術』という章立てで、なぜSNSで2018年美術展覧会入場者数1位2位になるまで集客できたのかについて解説されています。

 

 まずユニークさに目を引かれたのは、前代未聞の試み、「プール割り」。これは、レアンドロ・エルリッヒ展において、石川の金沢21世紀美術館の常設展示<<スイミング・プール>>(同じ作者が制作)の写真を森美術館のチケット売り場で提示すると森美術館の入館料が割引になるという企画。

 

 <<スイミング・プール>>は、透明のガラスの上に水が張られており、水面下には別の入り口から入ることができる仕組みになっているインスタレーション作品です。インスタ映えする作品としてSNSで話題になっていました。レアンドロ・エルリッヒという名前を聞いたことが無くても、<<スイミング・プール>>を見れば「ああ、これを作った人ね」と理解してもらえるほどの代表作とコラボレーションさせることで、多くの人に彼の名前と作品を認知してもらうことに成功したのです。(もちろん金沢21世紀美術館の承諾もいただいていたそうです)

 

 <<スイミング・プール>>の写真を撮ったことがある人なら、お得な企画に反応してしまいそうですよね。美術館をまたぐ面白い企画。単なる前売り券での割引以外の値引きサービスは見たことがないので新鮮でした。逆に森美術館の展示をきっかけに金沢21世紀美術館へ行くことにしたお客さんも多くいたと推測されてました。

スイミングプール

https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=30&d=7より写真を引用。

美術館アカウントの強さの訳

次に驚いたのは、企業アカウントと海外美術館アカウントのフォロワー数の比較。コカ・コーラのインスタグラムフォロワーは260万人、アマゾンが180万人に対して、ニューヨーク近代美術館が452万人、メトロポリタン美術館は313万人なのです。(2019年5月時点)世界中で商品展開しているグローバル企業よりも、その地域にたった一つの美術館の方がフォロワー数が多いのです。ここに挙げた海外の美術館の投稿はいたって地味で、展覧会や作品作家の基本情報を淡々と伝えることしかしていません。

 

 では、なぜ美術館のアカウントは強いのか?それは「文化的な投稿」は突出してユーザーの心に届きやすいからだとこの本で分析されています。それに対して、商品の購入へと誘導する意図の見える広告的な企業の投稿は気持ちをつかむまでに至らないということのようです。

日本初の試み#empty

森美術館の取り組む珍しい試みの一つに、#emptyがあります。閉館後などお客さんのいない美術館にインスタグラマーが集まり、展示風景を自由に撮影するイベントだそうです。2013年、メトロポリタン美術館で始まって以降、ニューヨークのグッゲンハイム美術館、ロシアのエルミタージュ美術館などで開催されています。

 

 この#emptyを森美術館は2017年の「N・S・ハルシャ展」にて日本で初めて開催しました。ここで肝なのは、ビジネス目的でギャランティを払って依頼したわけではないということです。自由に撮影を楽しんでください、というスタンスを貫いたといいます。自分が好きでいいと思ったから投稿する、という本来のモチベーションで投稿されたからこそ、写真のクオリティが高まり、企画も9つのメディアに取り上げられました。

 

 また、#emptyをきっかけに、森美術館が場内撮影許可の施設で、SNSの投稿もできるという認知がひろがったそうです。

そのアカウントの志は何なのか?

この本には、アカウントは設計図を作ってから運用すべきと書かれています。設計図で明確にすべきは、①目的:伝えたいこと②志:その先にあるものです。和菓子屋さんなら目的は来店、志は「創業時から贈ると誰もが喜んでくれるお菓子を作っていることを伝える」という具合です。

 

 森美術館のアカウントの目的は来館。そして志は・・・「文化的な情報やアートの力で、自分の心や人生を豊かにしてもらいたい」というものだそうです。その背景には、情報過多のタイムラインの中に、ネガティブでもせかせかした情報でもなくどちらにも直結していない第三の価値を流したい、という想いがあるそうです。

 

 この部分を読んだときは感動しましたね。たしかに、疲弊しがちなSNSにおいて、損得に直結していないほっと一息つけるような第三の価値のある情報は貴重だと思います。

ぶれない志を設定するということも全てのSNS運用者が真似できる方法だと思います。

おわりに

他の施設とのコラボレーション、淡々と基本情報を繰り返すこと、広告くささを排除した取り組み、アカウントの志の設定。このほかにも様々な事例が豊富な写真とともに解説されているので、今回気になった方はぜひ読んでみてください。それでは今回もみなさんに気づきがありますように!


シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略 [ 洞田貫 晋一朗 ]